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日本ホーリネス教団

松山桑原キリスト教会

『全て重荷を負うて苦労している者はわたしのもとに来なさい。
あなたがたを休ませてあげよう。』   (聖書)

日曜日10時30分から聖日礼拝をライブ配信しています

※お願い 動画配信で礼拝を守られた方は、LINE、メール、電話等で教会に連絡してください。礼拝出席者としてカウントされます。
 ライブ配信終了後は、メッセージの音声を配信します。

聖日礼拝 2024年4月14日
説教題 「信じるという仕事」
聖書箇所 ヨハネによる福音書第6章22~33節
説  教 安井 光 師

【礼拝式順序】
前  奏
招  詞  詩編第66編1~9節
頌  栄  (60) 天地こぞりて
信仰告白  使徒信条(826頁)
賛  美  (20) 主の真実はくしきかな
公同祈祷  主の祈り(826頁)
賛  美  (191) 慕いまつる主なるイエスよ
交 読 文  2番(詩編8編) 
祈  祷
聖書朗読  ヨハネによる福音書第6章22~33節
説  教  「信じるという仕事」
祈  祷
賛美・献金  (243) 罪人たちのために
祈  祷
頌  栄  (63) 父、御子、御霊の
祝  祷
後  奏


先週の礼拝メッセージ

2024年4月7日
説教題 「十二弟子の派遣」
聖書箇所 マルコによる福音書第6章7~13節
説  教 安井 直子 師

 

 イエスは故郷での宣教後、今度は弟子たちを遣わすためにまずご自分の所に呼び寄せられました。弟子たちに大切なことを伝えて宣教に遣わすために、一人一人名を呼んで、ご自分のもとに招かれたのです。主イエスの招きは、弟子たちや現在の牧師・伝道者だけに向けられるものではありません。私たちはイエスが呼び寄せて下さったから、神を信じて今ここで礼拝をささげ、宣教に遣わされていく者となるために招かれているのです。

  次にイエスは、弟子たちを二人組にして、宣教に遣わされました。二人組の利点は①互いに励まし支え合える②判断がより的確になり、間違いも生じにくい③怠惰・無関心を戒め合える等…挙げられます。私たちも家庭生活や教会での奉仕でその良さを体験したいと思います。

  また宣教に出かける時は、杖(神の約束)と履物(歩くこと・信仰)だけで他は何も持たないようにと注意されました。それは弟子たちが、神だけを頼りとし、神の守りに信頼することを求められたのです。その土地を去る時が来るまでは、主が置いて下さるところで自分の都合・不都合に支配されないでできる限り「そこにとどまって」伝道するようにと言われたのです。皆さんは今どのような歩みをしているでしょうか。

  さらに「足の塵を払い落としなさい」とは、イエスのメッセージを拒絶した人がいたなら、自分自身を分離すること。いつまでも自分が握っているのではなく主に委ねるようにと言われたのではないでしょうか。弟子たちは、出て行って、神に対する悔い改めを説き、悪霊を追い出し大勢の病んでいる人たちを癒してきました(12,13節)。彼らがイエスによって派遣される目的は何だったでしょうか。それは人々を束縛している様々な事柄から開放することでした。人々を解放する事のできる権威(権限)の源は、イエスご自身の中に有り、イエスがその権威を弟子たちに与えて下さったのです。

  では、クリスチャンに与えられている神の権威とは何でしょうか。それは「イエス・キリストの御名によって、祈ることができる」ということです。だから、私たちは力がなくても弱くてもいいのです。なぜなら、私たちを様々な束縛から解放してくださる救い主イエス・キリストの御名の権威が、主を信じる一人一人に授けられているからです。私たちも、主に呼び寄せられた者として、主だけを頼りとし、主の御名の権威を持って祈り、多くの人々に主の平安と祝福を広める者とされますよう、整え遣わして下さいと祈ろうではありませんか。

集会案内

子ども礼拝  日曜日10:30
礼  拝   日曜日10:30
夕拝(随時) 日曜日19:00
 (電話でご確認ください)
祈 祷 会    木曜日10:00
聖書を読む会 第3水曜日 10:00

日本ホーリネス教団
松山桑原キリスト教会
牧師 安井 光 安井 直子
〒790-0911
松山市桑原2丁目2-14
TEL 089-941-8997

松山桑原キリスト教会は、愛媛県松山市にあるプロテスタントのキリスト教会です。
統一教会、モルモン教、ものみの塔とは関係ありません。


初めての方へ
人に必要な魂の安息

 日曜日は、多くの人々にとって休みの日(休日)です。カレンダーには通常の日と色分けされ、赤色で記載されています。ウイキペディア(インターネット百科事典)で「日曜日」を調べると、「神が天地の創造を六日間で終え、七日目に休んだとされる創世記が日曜日の起源」とあります。

 確かに、旧約聖書・創世記1~2章には、神は六日の間に天地創造をなさり七日目に休まれ、その日を聖別し祝福されたということが記述されています。

 その日は後に「安息日」と呼ばれるようになりますが、今ではキリスト教国だけでなく日本でも日曜日を安息の日として休みます。神は七日目に創造の業を終えて休まれたのですが、それは神のかたちに創造された人間に休みを与えるために他なりませんでした。

 神が休まれたのですから、人間が休まなければならないのは当然でしょう。休むことをしないで活動をし続けることは、肉体的にも精神衛生上も良くありません。

 神は”魂の安息”を私たちに与えて下さる方です。創世記に示されているエデンの園は、楽園のモデルと言われますが、人は誰でもエデンの園で神がアダムやエバに賜わった安息を慕ってやまない、魂のDNAを持っているのではないでしょうか。私たちには肉体の休息だけでなく”魂の安息”が必要なのです。

 クリスチャンは、日曜日に天地の創造主なる神、神の御子・救い主であるイエス・キリストを礼拝します。礼拝をささげる時、心に安らぎが”魂に安息”が与えられます。

 イエス・キリストは、「すべて重荷を負うて苦労してい者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。・・・あなたがたの魂に休みが与えられる」(マタイ11:28~29)と、すべての人を神による真の安息へと招いておられます。

 神は、魂に安息を与えてくださるお方です。ぜひ教会にお越しください。私たちの教会はあなたのお越しを心から歓迎いたします。