今週の聖句 「人にはそれはできないが、神にはなんでもできない事はない」   マタイによる福音書第19章26節

2019年2月17日
説教題 「神にできないことはない」
聖書箇所 マタイによる福音書第19章13節~30節
説教者 安井 光 師

 ある青年がイエスの許に来て、「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」と尋ねました。彼はユダヤの役人(ルカ18:18)で資産家でした。彼は善い行いをすれば永遠の命が得られると考えていました。イエスは青年に対し、神の戒めを守って生活するように教えました(17-20節)。青年は戒めを「みな守ってきました」と答えました。イエスは青年に、「あなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。…そして、わたしに従ってきなさい」と言われました。大変真面目な青年でしたが、持っているものを手放すことは彼にはできないことでした。青年は失望し、イエスの許から立ち去ったのです(22節)。

 「富んでいる者が天国にはいるのは、むずかしい」とイエスは言われます。自分の持っているもの、財産に限らず自分の行いや能力や培ってきたものなどよりも、天国や永遠の命は価値があるとされるとショックを覚えてしまう。天国に入り、永遠の命を得るために、自分の持っているものを捨てることなどできないと考えてしまうのです。ただし、自分の富や行いを神の前に持ち出したとしても、それと引換に天国に入り永遠の命を得ることができるのではありません。天国(神の国)や永遠の命は、神が私たちに賜わる(プレゼントして下さる)ものなのです(ヨハネ3:16)。誤解してはなりません。

 富める青年は周りも羨む模範的で理想的な人でしたが、彼のような人間が無理ならば(24節)、「だれが救われることができるのだろう」と弟子たちは嘆息しました。イエスは弟子たちに言われました、「人にはそれはできないが、神にはなんでもできない事はない」と。私たち人間にはできないので、神は御子イエスを救い主としてこの世にお遣わしになったのです。私たちは本来 神の前に何も持たず何も誇ることのできない者です。幼子のように何も持たずそのままの姿でイエスの御許に行く時、イエスは私たちを喜んで天国に迎え入れて下さるのです(13-15節)。

 ペテロはイエスのお言葉を聞いて、「わたしたちはいっさいを捨てて、あなたに従いました。ついては、何がいただけるでしょうか」と尋ねました。イエスは弟子たちに天国の祝福を約束されますが(28-29節)、それらも賜物として与えられるものでした。彼らが思い違いをしないように、「多くの先の者はあとになり、あとの者は先になるであろう」と決して人間の功績によらないと戒めておられます。