今週の聖句 「あなたこそ、生ける神の子キリストです」   マタイによる福音書第16章16節

2018年10月14日
説教題 「信仰の上に建てられる」
聖書箇所 マタイによる福音書第16章13節~20節
説教者 安井 光 師

 イエスが弟子たちと共にピリポ・カイザリヤの地方に行かれた時のこと。イエスは弟子たちに「人々は人の子(イエス)をだれと言っているか」と尋ねました。バプテスマのヨハネ、あるいはエリヤやエレミヤなど偉大な預言者の再来と人々は呼んでいますと、弟子たちは答えました。ピリポ・カイザリヤは、偶像礼拝や人間崇拝が盛んに行われていたところでした。人々はイエスを高く評価し、相当な人物として認めていました。でも、それはイエスに対する正しい評価・見方ではありませんでした。

 イエスは弟子たちにも同じ問いを投げかけられました。「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。イエスが真に問いたかったのは、世の人々のご自身の評価ではなく、弟子たちがご自分をどう見ているのかということでした。シモン・ペテロはイエスの問いかけに、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」と答えました。イエスよ、あなたは命のない虚しい偶像や人間の手で造られた神々とは違います。また偉大な指導者や預言者などでもありません。主よ、あなたこそ生ける神の子です、私たちの救い主です…と、ペテロは弟子としてイエスに抱いている思いを、その信仰を告白したのでした。

 私たちの生きている日本もピリポ・カイザリヤと似た土壌にあります。主イエスは私たちに対しても、「あなたがたはわたしをだれと言うか」と問われるのです。私たちが入信する時だけではなく、クリスチャン生涯において主は問いかけられるのです。日々の生活の隠れた所において、いったい誰が人生の主導権を取られるのか、誰が神として崇められるべきなのか自らに問いつつ、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」と主の前に告白しなくてはならないのです。

 イエスは、ペテロのなした信仰告白(「この岩」)を土台にしてご自身の教会を建てることを宣言されました(18節)。私たちの教会も「イエスこそ生ける神の子キリスト」と信じる信仰の上に建てられているのです。主イエスはご自身の教会に対して、「黄泉(死)」に打ち勝つ力を与えて下さいました。さらに「天国の鍵」、すなわち主イエスによる罪の赦しを得させる権威を教会に託しておられるのです(19節)。

 この世にあっては、人々は死の力と罪の重荷に苛まれています。主イエスを神の御子・救い主と信じ、その信仰を告白する私たち・教会は、福音を宣べ伝え、罪の赦しを得させ、御国へ導く使命のためにこの世に置かれているのです。