@「心」とは・・・ 感情、人格、すべての思い。 心が清ければ行為に表れる。 だが行為が清いからと言って心が清いとは限らない。 人は表情や行いだけを見て清い人だと思う。 しかし、神は心をご覧になる。 高等教育を受けても心は清くはならない。 人の心は清くない。 そして自分で清くすることもできない。 |
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A「清さ」とは・・・ 偽善がなく、神だけを見る単純さ。 他者の評価を気にする者は心が神に向けられていない。 清められた心とは受身だ。 「私は汚れ果てた罪人。自分の力では清くなれない」と認め、 へりくだって神にすべてを明け渡すとき、 私たちは神のものとされる。 その心に神が主権をもって住んでくださる。 清さへの唯一の道は、自分の汚れに気づき、絶望すること。 心から罪を悔い改める時、私たちは赦され、清められる。 神の清さは愛と正義から来る。 |
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B「神を見る」とは・・・? 神を見ることは天国だけでなく、この地上でも可能である。 礼拝とは、生ける神のみ顔を仰ぎ、拝することである。 神は私たちを清めようと待っておられる。 この恵みの価値を知っているか。 この価値ゆえに喜んで礼拝をささげているだろうか。 神はいのちを賭けて私たちを滅びから救ってくださった。 それでも、まだ自分勝手な生き方を選ぶのか。 なんと主は憐れみに富んでおられることか。 私たちの信仰の弱さまで知っていてくださり、 罪を責めるのではなく、 「清めよう」と約束し、励ましてくださる。 |
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神の限りない恵みに感謝し、真実な礼拝をささげて、 この世で神を見る幸いなきよさに与ろう! |