【No.11】平和をつくり出す人の幸い
2002.3.17 礼拝メッセージ  マタイ 5:9  園 謙慈牧師
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人間の歴史は戦争の繰り返しである。
身近な周りを見て、果たして平和だと言えるだろうか。
私たちの住む世界のどこにも平和はない。
@「平和」とは何か
 事故や災害に遭わず、身近な者が平穏無事なことが平和だろうか。
 わが身大事の利己主義では、平和を唱えつつ、反対者をののしったり、
 都合の悪いものは力をもって排除するという矛盾をみる。
 聖書の教える平和は、主イエスの十字架によって
 神との和解をいただいて、神と一つにされることである。
 私の心にある敵意(憎んで赦さない心)が平和を妨げる。
 その敵意を滅ぼすために、イエスは来てくださった。

A「平和をつくり出す」とは?
 1.神と和解し、平和を保つ
   不信仰、不従順の罪を悔い改めて赦していただこう。
 2.自己中心の生活からの解放
   すべての争いの根は自己中心。
   そこから解放され、神に支配されよう。
 3.他者との平和を築く
   陰口、うわさ話をせず、その内容を鵜呑みにしない。
 イエスは私たちへの愛ゆえに、
 神の立場を捨てて、辱めを負われ、十字架を受けられた。
 主の愛に支配され平和をつくり出す者へ変えられたい。

B「神の子と呼ばれる」とは? 
「あなたは神の子と呼ばれる」。
私たちは神に認められている。
平和をつくり出すのは、力ある支配者や権力者ではない。
不完全で力のない弟子たち(わたしたち)だ。
今無力であっても、
主イエスに似た者、平和を作るものへと変えられていく。
単なる希望に終わるものではない。
「あなたの信じるごとく」なる。

赦せない心に「平和」はない。
赦せる気持ちをいただいて、イエスの平和で心を満たされよう!