@人の不真実 偽り誓うな、口でも誓約は守り行え。偽りの誓い、誓いの不履行の禁止。 誓いの動機と内容が問題である。日本人は誓約を形式に捉らえ、建前に 過ぎないと軽んじる傾向があるが、ユダヤ人は神を証人として、事毎に 誓ってきた。主はその偽善を見抜かれて、禁止されたのである。 私たちは、神の前での誓約を、忠実に守っているだろうか。 |
|
A誓いの問題点 必要が無いのに誓ったり、天や地、その他を指して誓うなど、 「主の名をみだりに唱えてはならない(申命記5章11節)」という戒めを 悪用していた。敬虔を装い、その実態は自分の頭(自分の誠実さ)に かけて誓うという、神を恐れない高慢な態度である。 人は神によって造られた者にすぎない。 神を畏れ、軽率な誓いを慎もう。 |
|
B神の真実 人は自分の頑張りで約束を果たし、自分を正しいと見ようとする。 しかし約束しても、守れないことがあるという弱さを認めないなら、 自分にも少しは真実があると思うなら、神の真実は分からない。 また、分からない者には求められない。 自分の不真実に愛想が尽き、初めて神の真実に信頼できる。 自分の真実ではなく、受け入れ、愛してくださる神の真実にかけて誓う。 神を畏れ、神のみことばを然りと受け止める時、真実な者に変えられる。 |
|
愛をもって真理を語るイエス。祈りの沈黙を通してイエスの愛を 私たちの内に満たしていただこう。 |